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零~濡鴉ノ巫女~ メモ 「人柱」「形代神社」「匪」「黒キ澤」「隠世」「水帰り」「水上ノ宮」「御澄」「」「看取り」「幼巫女」

雑記 2015.04.01 Wed

人柱(ひとばしら)

橋や城などの重要な建造建物を建てる際に、その建物をより強固にし、
破壊されないことを神に祈願するとして、壁や地面の中に人を埋める風習。
多くの場合は、その人々が生き続けて建物を支えるという考えのため、生き埋めとされた。

神への祈祷などで供される人身御供についても、犠牲となり人の世や、
ある種の封印自体を守るものとして「柱」という言葉が使われることもある。


形代神社(かたしろじんじゃ)

日上山中腹、不知ノ森の中央にある、多くの人形が祭られた神社。
その来歴ははっきりしておらず、古くから無人の社に、多くの人形が祭られていたと言われている。

その後の観光地化に伴い、一時期は「人形供養」を行う神社として改修されたが、
地滑り後には参拝客も減り、現在は再び無人となっている。
子供の霊が遊んでいる、人形から声がする、
人形を持った白い髪の少女がじっとみつめていた、などの噂が後を絶たない。


匪(はこ)

日上山の各所で見られる、木彫りの装飾が施された黒い箱。
人柱となる者が匪に入り、日上山の水がある場所に沈められることで、御澄と呼ばれる水の美しさを守るとされていた。


黒キ澤(くろきさわ)


水上ノ宮から通じる場所にある巨大な黒い泉。
その黒い水は黄泉の世界そのものであり、黒キ澤は隠世の入り口である。

黒キ澤の上には、禍津陽が浮かんでおり、夕暮れの太陽のような赤い光が水面を照らしている。
人々はその禍津陽の光に誘われ、隠世へと消えていく。


隠世(かくりよ)

生きている人々の世界「現世(うつしよ)」に対し、「隠世」は死後の世界のこと。
明けることの無い夜が続く、常夜の世界。
そのため、現世と隠世の境には常に暮れの場所があるとされ、
黄昏(たそがれ)時は隠世へ迷い込みやすいと言われている。


水帰り(みがえり)

日上山信仰で、山で死ぬことを言う。
昔、日上山信仰では人々は「水より生まれ、水に帰る」と信じられていた。
そのため、山の水に濡れて死ぬことは魂を水に戻す「正しい死」として、特別に「水帰り」と呼んだ。

日上山には、自ら死を選んだ者だけが入山を許され、山中で自ら命を絶つ。
本来、自殺者は亡者となると言われ、自殺することは忌み嫌われているが、
日上山の水に触れて死ぬことによって「水帰り」することができ、正しく死ぬことができる、とされていた。


水上ノ宮(みなかみのみや)

日上山の山頂にある彼岸湖に浮かぶように立てられた社。
水の流れの源にあり、日上山を廻る水を守っていると言われている。

入り口にある巨大な鳥居は、霧の薄い日に彼岸湖からも見ることができるが、
本殿は災害で流されたといわれ、現存はしていない。
建物の下には水が湧き出す場所があるとされているが、
文献にわずかに記録が残されるくらいで、建物の構造を含め、詳細は不明である。


御澄(みすみ)

山の水が清らかに澄んでいる状態。
日上山はそこに流れる水を御神体としており、その水が美しく澄んでいることを「御澄」と呼び、大切にしていた。

その教えは現代にも伝わっており、後に観光地化された日上山でも、
水の美しさを保つことが、御神体、ひいては山を守ることと教えられていた。
古い言い伝え、生命の水である御澄に対して、
穢れた水、死の水として「夜泉」があり、死そのものとして畏れられていたという。


看取り(みとり)

人の考えていること、記憶、想い、秘密などが見える能力。
ごく一部の、強い「影見」の力を持つ者だけが、この力を使うことができると言われているが、
多くの場合は、触れた相手の感情だけが、抽象的なイメージとして伝わる程度のものである。

夕利は相手に触らなければ見ることができないが、
より強い力を持つ者は、相手の目を見るだけで読み取ることができてしまうという。


看取り(みとり)

濡鴉ノ巫女たちが持っていた能力。
濡鴉ノ巫女たちは、日上山を訪れた人々が命を絶つ瞬間、その目を見ることで、最期に思い残すことや、
その人が抱く罪、秘密、全てを見て、自らの記憶として受け取ることができた。

巫女たちは、死に際した人の想いを看取ることで、その人と感情を共有し、
共に悲しみ、共に苦しむことで一人で死にゆく者の孤独を救う役割を担っていた。


幼巫女(おさなみこ)

数え年で七歳までの少女を巫女とする、日上山周辺の陽炎山での風習。
小さな子供の死亡率が高かった頃。
子供はまだ現世と隠世の境界にいる魂が不安定な存在であると言われていた。

「七歳までは神のうち」という言葉は、数えで七歳になるまでは子供の魂はまだ現世に定着しておらず、
神の手に委ねられている、という考えを示したもの。
 
 

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